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奉安殿(ほうあんでん)

奉安殿
奉安殿(ほうあんでん)

解説かいせつ

奈良ならの法隆寺ほうりゅうじの夢殿ゆめどのをモデルとして建たてられました。国くに指定してい重要文化財じゅうようぶんかざいの八はっ臂ぴ弁財天べんざいてん像ぞう、市し指定してい重要文化財じゅうようぶんかざいの妙音みょうおん弁財天べんざいてん像ぞうのほか、十五じゅうご童子どうじ像ぞうなどが安置あんちされています(有料ゆうりょう)。

木造彩色弁財天坐像〔八臂弁財天〕

木造もくぞう彩色さいしき弁財天べんざいてん坐像ざぞう〔八はっ臂ぴ弁財天べんざいてん〕

鎌倉時代かまくらじだい初期しょきの作さく。令和元年れいわがんねん(2019)に国くにの重要文化財じゅうようぶんかざいとなりました。八臂はっぴの弁財天べざいてんで、右手みぎてに宝剣ほうけん・宝ほう鈎こう・長なが杵きね・宝箭ほうせん、左手ひだりてに宝珠ほうしゅ・宝戟ほうげき・輪宝りんぽう・宝弓ほうきゅうを持もっています。源頼朝みなもとのよりともが奥州藤原氏おうしゅうふじわらしを調伏ちょうぶくする祈願きがんのため、 文覚もんがく上人しょうにんに命めいじて造つくらせ、21 日間にちかん祈願きがんさせたことが『吾妻鏡あずまかがみ』に記しるされています。 首くび柄がら銘めいにより永正えいしょう 10 年ねん( 1513 )に修理しゅうり彩色さいしきしたことがわかり、江戸時代えどじだいには、勝運しょううん守護しゅごの神様かみさまとして武家ぶけから庶民しょみんにいたるまで広ひろく信仰しんこうを集あつめていました。当時とうじは辺津宮へつみやの本殿ほんでんに奉たてまつられていました。

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木造弁財天半跏像〔妙音弁財天〕

木造もくぞう弁財天べんざいてん半はん跏か像ぞう〔妙音みょうおん弁財天べんざいてん〕

琵琶びわを抱かかえた裸体らたいの座像ざぞうで、俗ぞくに裸はだか弁天べんてんとも呼よばれています。 女性じょせいの象徴しょうちょうを備そなえた珍めずらしい姿すがたで、鎌倉時代かまくらじだい中期ちゅうき以降いこうのものとされています。 音楽おんがく芸能げいのうの上達じょうたつを願ねがう人々ひとびとの信仰しんこうを集あつめています。
令和れいわ 2 年ねん( 2020 )に市しの重要文化財じゅうようぶんかざいに指定していされました。

浮彫弁才天及び脇侍眷属一具

浮彫うきぼり弁才天べんざいてん及および脇侍きょうじ眷属けんぞく一いち具ぐ

通称つうしょう、護摩ごま之の灰はい弁才天べんざいてん。天長てんちょう7年ねん(830)7月がつ7日にち、弘法大師こうぼうだいし空海くうかいが岩屋いわやに参さん籠ろうして護摩ごま修法しゅほうの灰はいで作つくったと伝つたわり、裏面うらめんには弘法大師こうぼうだいしの手形てがたとされるものが押おされています。同おなじものが関東かんとうを中心ちゅうしんに全国ぜんこくに数すう十じゅっ点てん確認かくにんされています。


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